「ワンチャンス主義」-ミュージシャン、俳優、ダンサーの権利(3)-

(事例2)

僕は能楽の囃子方(はやしかた)の修行をしています。小鼓方です。先頃、師匠のもとに「伝統芸能を継ぐ若者」と題する特集をするとかで、あるTV局から取材のオファーがありました。師匠には、小鼓の演奏の仕方と手附の簡単な説明をした上で、兄弟子と一緒に演奏を披露するよう言われていました。

ところが、師匠宛に送られてきた出演に関する契約書の内容について、師匠が難色を示しているらしいのです。兄弟子が言うには、契約書に「実演家の権利」のうち「録音権及び録画権を許諾する」との文言があり、師匠はそのことを問題視しているらしいのです。

一体、何が問題なのでしょうか?



「ワンチャンス主義」とは

「録音権・録画権」は、実演家が自分の実演の録音・録画について許諾できる権利というだけでなく、その録音・録画された映像の増製について許諾できる権利でもあります。要するに、実演の映像をDVD等にコピーするにも、実演家の許諾が必要ということです。

ところが、著作権法には、実演家から「録音権・録画権」の許諾を得て収録された実演については、後にその映像が利用された場合でも、実演家の「録音権・録画権」、「放送権・有線放送権」、「送信可能化権」等は及ばないと規定されています。例えば、俳優が映画に出演する場合、俳優は「録音権・録画権」の許諾をしたものと解されます。すると、後にその映画をDVD化するということになっても、あらためて出演した俳優の許諾を得る必要はない、というわけです。

ごく単純化して言うと、実演家が自分の実演の利用を許諾する権利は「その実演が最初に利用される時に限って」認められる、ということです。これが「ワンチャンス主義」と呼ばれているものです。

さて、上記(事例2)において、放送のために小鼓の演奏を収録するにあたり、TV局があらかじめ実演家から「録音権・録画権」の許諾を得ていた場合、TV局はその映像を利用してネット配信をするなど、放送以外の目的でも利用できるようになります(ただし、音源だけを利用する、当初に許諾した目的とは異なる内容の番組に利用するなどの場合は、あらためて実演家の許諾が必要となります)。

一方、実演家は、別段の取り決めなく「録音権・録画権」の許諾を与えた場合、その収録映像がどのように使われるかをコントロールできなくなってしまいます。師匠が問題と考えているのは、この点だと思われます。実演家が「録音権・録画権」の許諾をする場合には、映像がどのような利用のされ方をするのか、その対価はいくらであるのか等、あらかじめ取り決めておく必要があるのです。