手塚治虫とAIの著作権

「ストーリー漫画」の草分け

 手塚治虫(1928-1989)は、言わずと知れた日本漫画界の第一人者です。漫画の歴史については、諸説あります。高山寺の「鳥獣戯画」が漫画の原点であると言われたり、江戸時代の「画図百鬼夜行」などの妖怪本を漫画と捉えたりする説もあります。また、「北斎漫画」が「漫画」という言葉を一般的な呼び名とするきっかけとなったとする説などもあります。そうすると「漫画」は古くから存在したと考えることができるわけです。

 では、手塚治虫が「第一人者」とされるのはなぜなのでしょう?「鉄腕アトム」の連載開始は1952年です。それよりも前の1946年には、すでに長谷川町子の「サザエさん」の新聞連載が始まっています。そんな中、手塚治虫の作品はそれまでの漫画とは一線を画するものと評価されるようになります。映画好きであった手塚治虫は、コマ割り、吹き出し、効果線などを駆使してドラマチックな“物語”を紡ぎだしていったのです。つまり、「ストーリー漫画」の草分けであることが、手塚治虫を「第一人者」と言わしめる所以なのです。

手塚治虫の”新作”とAIの役割

 手塚治虫が亡くなってから、ずいぶん経ちます。その“新作”が発表されるとなれば、当然、気になります。どういうことかと思ったら、そんなことを可能にするのはやはりAIでした。新作「ぱいどん」において、AIが果たした役割はプロットおよびキャラクターデザインの原案の生成ということです。プロットとは、いわば物語の構成要素のことです。ぶつ切りされた“出来事”を時系列に並べることで物語を完成させるのです。また、キャラクターデザインの原案を生成するために「StyleGAN」と呼ばれる手法が用いられたということです。大量の人間の顔をAIに学習させ、さらに手塚治虫の絵を学習させ、その結果として手塚治虫“風”のキャラクター画像を生成させたのです。なるほど、「ぱいどん」を見ているとむかし読んだ「ブラックジャック」、「火の鳥」、それに「アドルフに告ぐ」などの作品が懐かしく思い出されます。

AIと著作権法

 近年、VR、AR、MR、SR、そしてGANというように、テクノロジーの飛躍的な進歩があります。それらによる創作物は著作権法上の「著作物」となり得るものです。ただし、個別の検討が必要です。AIの場合には、おおまかに以下のように分けられます。

  1. 人間がAIをツールとして使用する場合
  2. 人間が関与せずに、AIが自動生成する場合

 1.については著作物と言える可能性がありますが、2.については著作物とは言えません。2.に該当すると思われるものとして、レンブラント“風”の絵画やビートルズ“風”の楽曲など、「AIが作った」とされる創作物がすでに存在します。

 政府の「知的財産推進計画2019」には、「AI 創作物については、現時点において権利を認める必要があるような状況にはなっておらず、・・・(略)・・・必要が生じれば、ルール整備等について検討する」との記載があります。また、「データ・AI 等の適切な利活用促進に向けた制度・ルール作り」の検討や著作権法の改正(法30条の4、法47条の7:施行日は2019年1月1日)もなされています。AIは、計り知れない可能性を秘めていると同時に、様々な課題も内包しているということです。例えば、AIが作ったにも関わらず「自分が作った」と主張する者が現れた場合、それを否定するのは難しそうです。 

「ぱいどん」の著作権

 著作権法において、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」とされています。AIに「思想又は感情」はありませんので、AIが自動的に生成したものは著作物とは言えません。しかし、「ぱいどん」はAIが自動的に生成したわけではなく、人間がAIをツールとして使用して出来上がった作品です。

  • ストーリー

 「ぱいどん」のストーリーは、AIに生成させたプロットをもとにして、人間が完成させたといいます。ということは、「ぱいどん」のストーリーは人間の「思想又は感情」が表現されたものだと言えます。つまり、「ぱいどん」の原作は著作物ということになります。ちなみに、AIが生成したかどうかに関係なく、ストーリーが完成する以前の構成要素にすぎないプロットは著作物とは言えず、著作権法の保護対象にはならないとされています。

  • キャラクターデザイン

 キャラクターデザインの原案となる元の画像を生成したのはAIだということです。とすると、その元画像は著作物にはならないと思われます。しかし、ネーム、作画、背景は人間の手によるものだということです。当然、出来上がった作品は著作物だと言えます。

 ただ、AIが生成した画像が著作物ではなく、著作権法の保護対象にならないとすると少しおかしなことが起こりそうです。元画像は、誰でも無断で使用できるということになりはしないでしょうか。「ぱいどん」と同じ顔のキャラクターを使って、全く別の漫画を描くことが許されるのでしょうか?無断で元画像を使った場合、不正競争防止法や民法の一般不法行為といった他の法律によって、問題となるかもしれません。なんだかAIの生成する画像については、コンセプトアートに関して著作権法が抱える問題に近しいものがあるように思われます。

  • 著作者

 著作者は「手塚治虫」となるのでしょうか?もちろん、そうはなりません。では、ストーリーを完成させた人や作画をした人などが著作者ということになるのでしょうか?それも違います。

 著作権法には、「職務著作」という規定があります。簡単に言うと、会社などに雇用されている人が職務上創作した著作物について、その著作権は雇用主である会社に帰属するという決まりのことです。その場合、著作者はその会社ということになります。「ぱいどん」の著作者は、「『TEZUKA2020』プロジェクト」となっています。

  • 「思想又は感情」

 著作権法上の「著作物」であるかどうかは、人間が「思想又は感情を創作的に表現」しているかどうかで判断されます。でも、もしかするとAIに「思想又は感情」があると考えざるを得ないような日が来ないとも限りません。そのとき我々はまるで手塚治虫が描いた“未来の人間”と同じように、ジレンマに陥ることになるのかもしれません。

(Blau=Baum)

参考:

「TEZUKA2020」プロジェクト、TEZUKA PRODUCTIONS、2020MEDIA Corporation、”手塚治虫AI、始動。”、モーニング、2020、No.13、p.3-5

「TEZUKA2020」プロジェクト、”新作漫画ぱいどん phase1前編”、モーニング、2020、No.13、p.6-27