著作権と意匠権の「重畳的保護」は、本当に安全か?

あなたの生み出したデザインは、著作権と意匠権の二重の法律で守られるのでしょうか?

この問いに対する日本の法解釈は、歴史とともに変遷してきました。近年では、この通説に疑問を投げかける声も増えています。ビジネスリスクを回避したい企業やクリエイターにとって、この議論は決して他人事ではありません。

1. 黎明期:工業デザインは意匠法の領域

戦後から1970年代にかけて、日本の裁判所は、工業製品のデザインは「量産を前提とした実用品」であるとして、意匠法で保護されるべきであり、著作権法は適用されないという考え方が主流でした。

  • なぜ著作権が否定されたのか?:意匠法には、出願・審査という手続きを経る代わりに、強力な独占権を与えるという明確な目的があります。もし、この手続きを回避して著作権だけで模倣を排除できるなら、意匠法の存在意義が失われるという論理から、両者の保護は厳格に区分されていました。

2.転換点:判例による「創作性」の拡大解釈

しかし、裁判所は徐々に、実用品であっても「美的創作性」があれば著作物として保護されるという、より柔軟な判断を示すようになります。

  • 博多人形事件(最高裁昭和45年5月15日): これは工業製品ではないものの、「美術工芸品」は著作物性が認められると初めて判断した重要な判例です。これにより、著作権保護の対象が、純粋な絵画や彫刻といった「美術品」から、より広い範囲に拡大される道が拓かれました。
  • パタパタ時計事件(大阪高判昭和53年4月26日): 実用品である「パタパタ時計」のデザインが、「実用性とは切り離された美的創作性」を持つとして著作物性が認められました。この判決は、工業製品と著作権の関係を巡る議論において、大きな転換点となりました。
  • 美術的鑑賞の対象となる美術工芸品事件(東京地判昭和62年6月19日): 「実用品であっても、その実用目的から切り離して、美術的鑑賞の対象となる程度の美的創作性があるか」を判断基準として、特定の工業製品に著作物性を認めました。これは、後の判例に大きな影響を与えました。

3.TRIPP TRAPP事件の意義と現代の通説

そして、2000年代に入り、この流れは確固たるものとなります。

  • TRIPP TRAPP事件(知財高判平成19年3月28日): 子供用の椅子「TRIPP TRAPP」のデザインに、その機能から独立した美的表現が認められ、著作物性が肯定されました。この判決は、工業デザインの著作権保護を巡る議論の道しるべとなり、「意匠権の有無にかかわらず、著作物性を満たせば保護される」という、現在の通説を確立させました。

4.専門家から見た、今とるべきリスク対策

現在も、日本の法解釈は重畳的保護を認めていますが、この考え方に疑問を投げかける議論が再び活発化しています。

  • 不安定な保護:「美術性」の判断基準は曖昧であり、裁判所の判断に依存するリスクが残ります。
  • 新たな課題: AI生成物など、技術の進化がこの問題をさらに複雑にしています。(註1)

法的な議論が続く中、ご自身の大切なデザインを守るために、今どのような対策をとるべきでしょうか。著作権は創作と同時に発生するものの、権利行使には依拠性の立証が必要です。一方で、意匠登録は手続きが必要ですが、模倣品への強力な対抗手段となりえます。

ご自身のビジネス戦略やデザインの重要性に応じて、どちらの法律を活用するべきか、あるいは両方を活用すべきか、専門家にご相談の上、最適な保護戦略をご判断されることを強くお勧めします。

(註1)AIと意匠法との関連性

意匠法は、工業デザインの「美観」を保護する法律であり、「創作性(創作非容易性)」は問われますが、著作権法のような「思想または感情」の表現は要件ではありません。しかし、AIが生成したデザインが意匠登録の対象となるかについても、議論は進行中です。意匠法は、人間による創作物を前提としているためです。この点でも、AI生成物がもたらす法的課題は、著作権法と意匠法の両方にまたがる複雑な問題となっています。

特許庁審査基準での言及:

創作意匠の要件は、意匠法第3条第1項に規定されており、人間が知的活動を通じて創作した意匠であることを前提とする。